みるめ刈る方ぞあふみになしと聞く
玉藻をさへや海人はかづかぬ
- 歌の意味
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海松布を刈る潟は、湖である近江にはないと聞く。逢う身でありながら見る目がないとしても、せめて玉藻さえも、海人は潜って採らないのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌三 772
詞書「心ざしはありながら、え逢はざりける人につかはしける」
海松布を刈る所は近江にはないと聞くが、玉藻さえも海人は潜って採らないのか、と詠んだ歌である。逢うことができないのはしかたないとしても、せめて便りくらいはくれてもよいのにと訴えている。
詞書によれば、思いはありながら逢うことのできなかった人に送った歌である。次歌の第七百七十三首はこれに対する返しである。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「みるめ刈る」の「みるめ」は、海藻の「海松布」と、相手を見る機会の「見る目」を掛ける掛詞である。
二句「方ぞあふみに」の「あふみ」は、湖の国である「近江」と、「逢ふ身」を掛ける掛詞である。近江の湖には海藻の海松布がないことを踏まえている。「ぞ」は強めの係助詞である。
三句「なしと聞く」は、ないと聞く、の意で、二句の「ぞ」を受けて連体形「聞く」で結ぶ係り結びとなっている。ここで句切れとなる。
四句「玉藻をさへや」は、玉藻さえも、の意で、「さへ」は添加を表し、「や」は疑問の係助詞である。次歌の第七百七十三首の四句「いつか玉藻を」が、本歌の語を受けている。
結句「海人はかづかぬ」は、海人は潜って採らないのか、の意で、四句の「や」を受けて連体形「かづかぬ」で結ぶ係り結びとなっている。
みるめ:海藻の「海松布」の意と、相手を見る機会の「見る目」の意を掛ける
あふみ:「近江」の意と、「逢ふ身」の意を掛ける
かづく:水に潜って採る
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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涙川流す寝覚めもあるものを 払ふばかりの露や何なり
- 次の歌
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名のみして逢ふことなみの繁きまに いつか玉藻を海人はかづかん