- 歌の意味
-
山の田の苗代の水は絶えてしまっても、心の池の井樋を外さないように、私は「いや」などと言い放ちはしない。
- 鑑賞
-
巻第十一 恋歌三 791
詞書「物言ひ侍りける男、言ひわづらひて、いかがはせむ、否とも言ひ放ちてよと言ひ侍りければ」
山田の苗代の水は絶えても、心の池の井樋を外さないように言い放ちはしない、と詠んだ歌である。言い寄りあぐねて、いっそ嫌だと言い切ってくれと迫る男に、きっぱり断ることはしないと応じている。
詞書によれば、言葉を交わしていた男が、言い寄りあぐねて、どうしたらよいのか、いっそ嫌だと言い放ってくれと言ってきたので詠んだ歌である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。詞書によれば女の歌である。
初句「小山田の」は、山の田の、の意で、「小」は接頭語である。
二句「苗代水は」は、苗代に引く水は、の意である。
三句「絶えぬとも」は、絶えてしまっても、の意で、仲が絶えることを重ねている。
四句「心の池の」は、心を池にたとえたもので、初句からの田と水の縁を受けている。
結句「いひは放たじ」の「いひ」は、水を引く「井樋」と、「言ひ」を掛ける掛詞である。「じ」は打消の意志を表し、詞書の「言ひ放ちてよ」を受けている。
をやまだ:山の田
なはしろ:稲の種をまいて苗を育てる田
いひ:水を引く「井樋」の意と、「言ひ」の意を掛ける
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
あひ見てもつつむ思ひのわびしきは 人まにのみぞ音は泣かれける
- 次の歌
-
千代経むと契りおきてし姫松の 根ざしそめてし宿は忘れじ