逢ふことのかたふたがりて君来ずは
思ふ心のたがふばかりぞ
- 歌の意味
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方角がふさがっているといって、逢うことも難しく、あなたが来ないのならば、方違えをするように、あなたを思う心が食い違っていくばかりだ。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌四 815
詞書「方塞がりとて、男の来ざりければ」
逢うことが難しく方角がふさがって来ないのなら、思う心が食い違うばかりだ、と詠んだ歌である。方塞がりを口実に訪れない男に対し、それなら自分の心も方違えのように離れていくと、陰陽道の語を巧みに用いて恨みを述べている。
詞書によれば、方角がふさがっているといって男が来なかったときの歌である。巻頭の第七百九十五首も「曇りふたがり」と「ふたがる」の語を用いている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。なお本文の作者表記は「よみ人も」とあり、よみ人しらずを示している。
初句「逢ふことの」は、逢うことの、の意である。
二句「かたふたがりて」は、方角がふさがって、の意で、「かた」に陰陽道の「方」と、逢うことが「難(かた)」い意を掛けている。
三句「君来ずは」は、あなたが来ないのならば、の意で、「ずは」は打消の仮定を表す。
四句「思ふ心の」は、あなたを思う心が、の意である。
結句「たがふばかりぞ」は、食い違っていくばかりだ、の意で、「たがふ」に方違えの「たがふ」と、心が食い違う意を掛けている。「ぞ」は強めを表す。
かたふたがり:陰陽道で、行こうとする方角に神がいて、その方角へ行けないこと
かた:「方」と、逢うことが「難(かた)」い意を掛ける
たがふ:方違えの「たがふ」と、心が食い違う意を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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天雲の晴るる夜もなく降るものは 袖のみ濡るる涙なりけり
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常磐にとたのめしことはまつほどの 久しかるべき名にこそありけれ