秋風の吹くにつけても訪はぬかな
荻の葉ならば音はしてまし
- 歌の意味
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秋風が吹くにつけても、あなたは訪れてくれないことだ。荻の葉であったなら、風に吹かれて音ぐらいはたてるだろうに。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌四 846
詞書「平かねきがやうやう離れがたになりにければ、つかはしける」
秋風が吹くにつけても訪れてくれない、荻の葉ならば音ぐらいはたてるだろうに、と詠んだ歌である。風に音をたてる荻の葉にくらべ、便りさえよこさない男の冷たさを恨んでいる。
詞書によれば、平かねきがしだいに疎遠になってきたので送った歌である。本巻の第八百四十首から続く秋の景物の一連の結びで、その初めの第八百四十首の結句「あきの風かな」と、本歌の初句「秋風の」が呼応している。
作者の中務は、宇多天皇の皇子敦慶親王と伊勢との間に生まれた娘である。三十六歌仙の一人である。
初句「秋風の」は、秋風が、の意で、秋の一連の初めの第八百四十首の結句「あきの風かな」と呼応している。
二句「吹くにつけても」は、吹くにつけても、の意である。
三句「訪はぬかな」は、訪れてくれないことだ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。ここで句切れとなる。
四句「荻の葉ならば」は、荻の葉であったなら、の意で、風に吹かれて音をたてる荻の葉を引き合いに出している。
結句「音はしてまし」は、音ぐらいはたてるだろうに、の意で、「まし」は反実仮想を表す。「音」は便りの意を重ねている。
をぎ:水辺に生えるイネ科の草。葉が風にそよいで音をたてる
かれがた:男女の仲が疎遠になりかけること
- 作者
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中務
- 出典
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後撰和歌集
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秋の田のかりそめ臥しもしてけるか いたづらいねを何につままし
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君見ずて幾世経ぬらん年月の 経るとともにも落つる涙か