- 歌の意味
-
万代の後までも明らかに見通すであろう鏡山は、千年の間は塵一つで曇ることもないだろう。
- 鑑賞
-
巻第十 神楽歌 613
詞書「天禄元年大嘗会風俗:鏡山」
万代の後までも明らかに見通す鏡山は、千年の間は塵で曇ることもないだろうと詠む歌である。地名の「鏡」から、曇りのない鏡を連想し、明るく清らかな御代が長く続くことを祝っている。安和元年の大嘗会の第六百六首も鏡山を題とし、曇りのない御代を詠んでおり、二度の大嘗会で同じ趣向が受け継がれている。
詞書の「天禄元年大嘗会風俗」は、円融天皇の即位に伴って天禄元年に行われた大嘗会で奉られた風俗の歌であることを示す。ここから第六百十七首まで、前の安和元年の一連と同じく、地名を題とする歌が並び、同じ地名が二度の大嘗会で詠まれている。
作者の中務は、宇多天皇の皇子敦慶親王と歌人伊勢との間に生まれた娘である。三十六歌仙に数えられる。
初句「万代を」は、万代の後までも、の意である。
二句「明らけく見む」は、明らかに見るであろう、の意で、「む」は推量の助動詞である。鏡の澄んだ明るさをいう。
三句「鏡山」は、近江国の鏡山で、題の地名である。第六百六首の三句「鏡山」と同じ山である。
四句「千歳のほどは」は、千年の間は、の意である。
結句「塵も曇らじ」は、塵で曇ることもないだろう、の意で、「じ」は打消推量の助動詞である。第六百六首の四句「曇りなき世に」と呼応している。
かがみやま:鏡山。近江国の山。題の地名
ちり:塵。ほこり
- 作者
-
中務
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
今日よりは岩倉山に万代を 動きなくのみ積まむとぞ思ふ
- 次の歌
-
年もよし蚕飼も得たり大国の 里頼もしく思ほゆるかな