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開けてだに何にかは見む水の江の
浦島の子を思ひやりつつ

歌の意味
開けてみたところで、何になろうか。水の江の浦島の子のことを思いやりながら。
鑑賞
巻第十五 雑歌一 1104

詞書「元長の親王の住み侍りける時、手まさぐりに、何入れて侍りける箱にかありけん、下帯して結ひて、又来む時に開けむとて、物の上に差し置きて出で侍りにける後、常明の親王に取り隠されて、月日久しく侍りて、ありし家に帰りて、この箱を元長の親王に送るとて」
 開けて見たところで何になろうか、水の江の浦島の子のことを思いやりながら、と詠んだ歌である。浦島の子が玉手箱を開けて一気に年老いた伝説を踏まえ、長い月日を隔てて戻った自分と、開けられないまま残された箱とを重ねて、過ぎた時の重さを伝えている。
 詞書によれば、元長親王が通っていた時、手慰みに何かを入れてあった箱を下帯で結び、また来た時に開けようと言って置いて出ていったが、その後作者は常明親王に隠し取られるようにして長い月日を過ごし、もとの家に帰ってから、この箱を元長親王に送るときに詠んだ歌である。元長親王は陽成天皇の皇子、常明親王は醍醐天皇の皇子である。
 作者の中務は、宇多天皇の皇子敦慶親王と歌人伊勢との間に生まれた娘である。中務卿であった父にちなんでこう呼ばれ、三十六歌仙の一人に数えられる。

 初句「開けてだに」は、開けたところで、の意で、「だに」は、せめて〜でも、の意を表す。
 二句「何にかは見む」は、何になろうか、の意で、「かは」は反語を表し、連体形「む」で結ぶ係り結びとなっている。ここで句切れとなる。
 三句「水の江の」は、丹後国の水の江の、の意で、浦島の子の故郷とされる地である。
 四句「浦島の子を」は、浦島の子を、の意で、玉手箱を開けて年老いた伝説を踏まえている。
 結句「思ひやりつつ」は、思いやりながら、の意で、「つつ」は継続を表す。二句で切れたのちに思いを添える倒置となっている。

てまさぐり:手でもてあそぶこと。手慰み
したおび:下着の帯
うらしまのこ:丹後国水の江の伝説上の人物。浦島太郎
作者
中務
出典
後撰和歌集
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難波潟何にもあらずみをつくし 深き心のしるしばかりぞ
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年を経て濁りだにせぬさびえには 玉も帰りて今ぞすむべき