ながめしてもりもわびぬる人目かな
いつか雲間のあらんとすらん
- 歌の意味
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長雨が降り続き、物思いにふけっているうちに、雨が漏るように、親が見張る人目にほとほと困り果てたことだ。いつになったら、雲の切れ間のような、逢う隙ができるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌四 854
詞書「人の娘にいと忍びて通ひ侍りけるに、気色を見て親の守りければ、五月長雨の頃つかはしける」
長雨に物思いをし、見張る人目にほとほと困り果てた、いつ雲の切れ間が来るのだろう、と詠んだ歌である。五月雨の季節に寄せて、親の監視で逢えないつらさと、逢う隙を待ちわびる心を詠んでいる。
詞書によれば、ある人の娘のもとにひそかに通っていたが、親が様子を察して見張ったので、五月の長雨の頃に送った歌である。本巻の第八百五十八首、第八百六十五首も、親に恋を阻まれた折の歌である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「ながめして」は、長雨が降って、また物思いにふけって、の意で、「ながめ」に「長雨」と「眺め」を掛けている。
二句「もりもわびぬる」は、見張られてほとほと困り果てた、の意で、「もり」に親が「守る」意と、雨が「漏る」意を掛けている。
三句「人目かな」は、人目であることよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。ここで句切れとなる。
四句「いつか雲間の」は、いつになったら雲の切れ間が、の意で、人目の途切れる隙をたとえている。
結句「あらんとすらん」は、あろうとするのだろうか、の意で、「らん」は推量を表す。
ながめ:「長雨」と、物思いにふけって見やる「眺め」を掛ける
もる:親が「守る」(見張る)意と、雨が「漏る」意を掛ける
くもま:雲の切れ間。ここでは人目の途切れる隙
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
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今はとてうつり果てにし菊の花 かへる色をば誰か見るべき
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同じくは君とならびの池にこそ 身を投げつとも人に聞かせめ