池水のいひ出づることのかたければ
みごもりながら年ぞ経にける
- 歌の意味
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池の水が樋から流れ出るのが難しいように、思いを言い出すことが難しいので、水に隠れるように心に秘めたまま、年を過ごしてしまった。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌四 890
詞書「大輔がもとにつかはしける」
池の水が流れ出にくいように思いを言い出しにくいので、水にこもるように心に秘めたまま年を過ごしてしまった、と詠んだ歌である。打ち明けられずに長く秘めてきた恋を、流れ出ることのない池の水にたとえている。
詞書によれば、大輔のもとへ送った歌である。恋歌四の巻末歌で、巻頭の第七百九十五首が恋の思いを空からあふれ降る雨にたとえたのに対し、本歌は池に閉じこもる水に思いを託しており、同じ水の景物で巻の初めと終わりが呼応している。
作者の「敦忠朝臣」は藤原敦忠である。左大臣藤原時平の三男で、権中納言に至った。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「あひ見ての後の心にくらぶれば」の歌が採られている。
初句「池水の」は、池の水の、の意で、二句の「いひ」を導いている。
二句「いひ出づることの」は、言い出すことが、の意で、「いひ」に「言ひ」と、池の水を流す「井樋(いひ)」を掛けている。八音の字余りとなっている。
三句「かたければ」は、難しいので、の意で、「ば」は確定の条件を表す。
四句「みごもりながら」は、水に隠れたまま、の意で、思いを心に秘めたままであることをたとえている。
結句「年ぞ経にける」は、年を過ごしてしまった、の意で、「ぞ」は強めの係助詞で、連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。巻頭の第七百九十五首と同じく水に恋の思いを託し、巻を閉じている。
いひ:「言ひ」と、池の水を流す「井樋(いひ)」を掛ける
みごもり:水の中に隠れること。思いを心に秘めることのたとえ
- 作者
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藤原敦忠
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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涙川いかなる瀬より帰りけん 見馴るるみをもあやしかりしを
- 次の歌
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伊勢の海に遊ぶ海人ともなりにしか 浪かき分けてみるめかづかむ