身にしみて思ふ心の年経れば
つひに色にも出でぬべきかな
- 歌の意味
-
身にしみて思う心が年を重ねたので、とうとう顔色にも出てしまいそうだ。
- 鑑賞
-
巻第十一 恋歌一 633
詞書「まさただが娘に言ひはじめ侍りける、侍従に侍りける時」
身にしみて思う恋心が年を経たので、とうとう顔色にも出てしまいそうだと詠む歌である。詞書から、藤原敦忠が侍従であったころ、まさただの娘に初めて言い寄ったときの歌とわかる。長く秘めてきた思いがもはや隠しきれないと伝え、恋の告白としている。第六百二十五首の「つひに色にぞ出でぬべき」とほぼ同じ言い回しで、本巻の「色に出づ」を詠む歌の一首である。
作者の「権中納言敦忠」は藤原敦忠である。左大臣藤原時平の子で、従三位権中納言に至った。管絃にすぐれ、三十六歌仙に数えられ、百人一首の「逢ひ見ての」の歌で知られる。
初句「身にしみて」は、身にしみるほどに、の意で、思いの深さをいう。
二句「思ふ心の」は、恋しく思う心が、の意で、次歌の第六百三十四首の四句「思ふ心の」と同じ句である。
三句「年経れば」は、年を経たので、の意で、「ば」は已然形について原因を表す。
四句「つひに色にも」は、とうとう顔色にも、の意で、第六百二十五首の二句「つひに色にぞ」と同じ言い回しである。
結句「出でぬべきかな」は、出てしまいそうだ、の意で、「ぬ」は完了、「べき」は推量の助動詞、「かな」は詠嘆を表す。
じじゆう:侍従。天皇の側近に仕える官
いひはじむ:言ひ始む。初めて思いを打ち明けて言い寄る
- 作者
-
藤原敦忠
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
よそにのみ見てやは恋ひむ紅の 末摘む花の色に出でずは
- 次の歌
-
いかでかは知らせそむべき人知れず 思ふ心の色に出でずは