伊勢の海に遊ぶ海人ともなりにしか
浪かき分けてみるめかづかむ
- 歌の意味
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伊勢の海で遊ぶ海人にもなりたいものだ。そうなれば波をかき分けて海松布を潜って取るように、あなたに逢う機会をつかもう。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 891
詞書「題しらず」
伊勢の海で遊ぶ海人になりたい、波をかき分けて海松布を潜って取ろう、と詠んだ歌である。海人が波をかき分けて海松布を採るように、どんな障りも押しのけて恋しい人に逢う機会を得たいという強い思いを込めている。
次歌の第八百九十二首に伊勢の返しが置かれ、贈答の形に配されている。業平と伊勢は活躍した時期が異なり、伊勢の名に寄せて伊勢の海の歌を組み合わせた撰者の配列とみられる。恋歌五の巻頭歌で、巻末の第九百九十三首が川の瀬に寄せて恋を詠むのに対し、本歌は海の海松布に寄せており、水辺の景物で巻の初めと終わりが呼応している。
作者の在原業平は、平城天皇の皇子阿保親王の子で、右近衛権中将に至った。六歌仙、三十六歌仙の一人で、伊勢物語の主人公に擬せられ、小倉百人一首には「ちはやぶる神代も聞かず竜田川」の歌が採られている。
初句「伊勢の海に」は、伊勢の海で、の意で、海人の住む場所として伊勢の海を示している。本巻の第九百八首、第九百十六首、第九百二十七首も伊勢の海や伊勢の海人を詠み込んでいる。
二句「遊ぶ海人とも」は、海で遊ぶように漁をする海人にも、の意である。
三句「なりにしか」は、なりたいものだ、の意で、「にしか」は願望を表す終助詞である。ここで句切れとなる。
四句「浪かき分けて」は、波をかき分けて、の意で、恋の障りを押しのけることをたとえている。
結句「みるめかづかむ」は、海松布を潜って取ろう、の意で、「みるめ」に海藻の「海松布」と逢う機会の「見る目」を掛けている。「む」は意志の助動詞である。
あま:海に潜って魚介や海藻を採る人
みるめ:海藻の「海松布」と、逢う機会の意の「見る目」を掛ける
かづく:水に潜って物を採る
- 作者
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在原業平
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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池水のいひ出づることのかたければ みごもりながら年ぞ経にける
- 次の歌
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おぼろけの海人やはかづく伊勢の海の 浪高き浦に生ふるみるめは