おぼろけの海人やはかづく伊勢の海の
浪高き浦に生ふるみるめは
- 歌の意味
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並たいていの海人が潜って取れるだろうか、いや取れはしない。伊勢の海の波の高い浦に生える海松布は。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 892
詞書「返し」
並たいていの海人が潜って取れるだろうか、伊勢の海の波の高い浦に生える海松布は、と詠んだ歌である。前歌の海人と海松布を受け、自分に逢うことはたやすいことではないと、相手の求愛をやんわりと退けている。
前歌の第八百九十一首への返歌として配されている。伊勢の海を自らの名に重ね、波高い浦に生える海松布に自分をなぞらえて、気位の高さを示している。
作者の伊勢は、藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕え、宇多天皇の寵を受けた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「おぼろけの」は、並たいていの、ありふれた、の意である。
二句「海人やはかづく」は、海人が潜って取るだろうか、いや取れない、の意で、「やは」は反語の係助詞で、「かづく」と連体形で結んでいる。ここで句切れとなり、以下と倒置になっている。
三句「伊勢の海の」は、伊勢の海の、の意で、作者の名の伊勢を重ねている。
四句「浪高き浦に」は、波の高い浦に、の意で、近づきがたい所であることを表している。前歌の「浪かき分けて」を受け、波の高さで答えている。
結句「生ふるみるめは」は、生えている海松布は、の意で、「みるめ」に「見る目」を掛け、自分に逢う機会をたとえている。前歌の結句と同じく「みるめ」で結んでいる。
おぼろけ:並たいてい、ありふれていること
かづく:水に潜って物を採る
みるめ:海藻の「海松布」と、逢う機会の意の「見る目」を掛ける
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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伊勢の海に遊ぶ海人ともなりにしか 浪かき分けてみるめかづかむ
- 次の歌
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つらしとや言ひ果ててまし白露の 人に心はおかじと思ふを