筑紫よりここまで来れどつともなし
太刀のをかはのはしのみぞある
- 歌の意味
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筑紫からここまでやって来たけれども、土産もない。太刀の緒革の端だけがあることだ。
- 鑑賞
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巻第七 物名 381
詞書「をかはのはし」
筑紫からはるばるやって来たけれども土産もなく、太刀の緒革の端があるばかりだと詠む歌である。遠路の旅の果ての手ぶらの姿を戯れて詠み、四句から結句にかけての「をかはのはし」の音の続きに、詞書の「をかはのはし」の名を隠している。詞書の「をかはのはし」は、この歌に詠み込まれた物の名である。
作者の「在原業平朝臣」は、平城天皇の皇子阿保親王の子で、六歌仙、三十六歌仙に数えられる。伊勢物語の主人公に擬されてきた。
初句「筑紫より」は、九州の筑紫から、の意である。
二句「ここまで来れど」は、ここまでやって来たけれども、の意で、「ど」は逆接の接続助詞である。
三句「つともなし」は、土産もない、の意で、ここで句切れとなる。
四句「太刀のをかはの」は、太刀を下げる緒革の、の意である。結句の頭の「はし」と続けて「をかはのはし」の名を隠している。本巻の第三百七十九首、第三百八十首の淀川に続き、川にちなむ名が詠まれる。
結句「はしのみぞある」は、端だけがある、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ある」で結ぶ。
をかはのはし:小川の橋の意と見られる。「緒革の端」の音の続きに隠して詠み込む
つと:旅の土産
をかは:太刀を腰に下げるための革の紐。緒革
- 作者
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在原業平
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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あしひきの山辺にをれば白雲の いかにせよとかはるる時なき
- 次の歌
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身を捨てて山に入りにし我なれば くまのくらはむこともおぼえず