身を捨てて山に入りにし我なれば
くまのくらはむこともおぼえず
- 歌の意味
-
身を捨てて山に入ってしまった私なので、熊が私を食らおうとすることも、気にかからない。
- 鑑賞
-
巻第七 物名 382
詞書「熊の倉といふ山寺に賀縁法師の宿りて侍りけるに、住持し侍りける法師に歌詠めと言ひ侍りければ」
世を捨てて山に入った自分であるから、熊に食われることも気にかからないと詠む歌である。出家の覚悟を語りながら、四句の「くまのくらはむ」の音の続きに、山寺の名の「熊の倉」を隠している。詞書によれば、熊の倉という山寺に賀縁法師が泊まった時、その寺の住持の法師に歌を詠めと言ったので詠んだ歌である。
初句「身を捨てて」は、我が身を捨てて、の意で、出家をいう。
二句「山に入りにし」は、山に入ってしまった、の意で、「に」は完了、「し」は過去の助動詞である。
三句「我なれば」は、私であるので、の意である。
四句「くまのくらはむ」は、熊が食らおうとする、の意で、「くまのくら」に山寺の名を隠している。前歌までの川の名に続き、山の名が詠まれる。
結句「こともおぼえず」は、ことも気にかからない、の意である。
くまのくら:山寺の名。「熊の食らはむ」の音の続きに隠して詠み込む
くらふ:食べる。食らう
ぢゆうぢ:寺に住み、その寺を守る僧。住持
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
筑紫よりここまで来れどつともなし 太刀のをかはのはしのみぞある
- 次の歌
-
鳥の子はまだ雛ながら立ちていぬ かひのみゆるは巣守なりけり