空蝉のむなしくからになるまでも
忘れんと思ふ我ならなくに
- 歌の意味
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蝉の抜け殻のように、むなしく亡骸となってしまうまでも、あなたを忘れようと思う私ではないのに。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 896
詞書「女のうらみおこせて侍りければ、つかはしける」
蝉の抜け殻のようにむなしく亡骸となるまでも、あなたを忘れようと思う私ではないのに、と詠んだ歌である。死んで亡骸となるまで忘れはしないと、変わらぬ心を強く誓っている。
詞書によれば、女が恨みごとを言ってよこしたので、それに答えて送った歌である。相手の恨みに対し、死ぬまで忘れないと応じて心を解こうとしている。
作者の「ふかやふ」は清原深養父である。清原元輔の祖父で、清少納言の曾祖父にあたり、内蔵大允などを務めた。琴の名手としても知られ、小倉百人一首には「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを」の歌が採られている。
なお本文の二句は「むなしくからに」とあり、読み仮名の行の「むなしきからに」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「空蝉の」は、蝉の抜け殻の、の意で、「むなし」を導く枕詞として働いている。
二句「むなしくからに」は、むなしく亡骸に、の意で、「から」に蝉の抜け殻と人の亡骸を重ねている。
三句「なるまでも」は、なるまでも、の意で、死に至るまでという時の限りを示している。
四句「忘れんと思ふ」は、忘れようと思う、の意で、「ん」は意志の助動詞「む」である。
結句「我ならなくに」は、私ではないのに、の意で、「なくに」は打消しの詠嘆を含む逆接の表現である。
うつせみ:蝉の抜け殻
から:抜け殻、また魂の抜けた亡骸
- 作者
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清原深養父
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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ひとり寝る時は待たるる鳥の音も まれに逢ふ夜はわびしかりけり
- 次の歌
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いつまでのはかなき人の言の葉か 心のあきの風を待つらむ