秋の夜の草の戸ざしのわびしきは
あくれどあけぬものにぞありける
- 歌の意味
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秋の夜の草の戸を閉ざされたつらさというのは、夜は明けても戸は開かないものであったことだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 899
詞書「女のもとにまかりたりけるに、門をさして開けざりければまかり帰りて、あしたにつかはしける」
秋の夜の草の戸を閉ざされたつらさは、夜は明けても戸は開かないところにあった、と詠んだ歌である。夜が「明く」と戸が「開く」を重ね、一晩中門の外で待っても戸を開けてもらえなかった恨めしさを詠んでいる。
詞書によれば、女のもとへ行ったが門を閉ざして開けてくれなかったので帰り、翌朝に送った歌である。次歌の第九百首はこれに対する女の返しで、「秋の夜の草の戸ざし」の句を共有して贈答をなしている。
作者の「兼輔朝臣」は藤原兼輔である。藤原利基の子で、従三位中納言に至り、堤中納言と呼ばれた。紫式部の曾祖父にあたる。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「みかの原わきて流るるいづみ川」の歌が採られている。
初句「秋の夜の」は、秋の夜の、の意で、長い夜であることを示している。
二句「草の戸ざしの」は、草の庵の戸を閉ざすことの、の意で、女の家の門をへりくだっていう表現である。次歌の三句四句と同じ句を用いている。
三句「わびしきは」は、つらいことは、の意である。
四句「あくれどあけぬ」は、夜は明けても戸は開かない、の意で、「あく」に夜が「明く」と戸が「開く」を掛けている。
結句「ものにぞありける」は、ものであったことだ、の意で、「ぞ」は強めの係助詞で、連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。
とざし:戸を閉ざすこと
あく:夜が「明く」意と、戸が「開く」意を掛ける
- 作者
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藤原兼輔
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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うたた寝の夢ばかりなる逢ふことを 秋の夜すがら思ひつるかな
- 次の歌
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言ふからにつらさぞまさる秋の夜の 草の戸ざしにさはるべしやは