郭公なつきそめてしかひもなく
声をよそにも聞きわたるかな
- 歌の意味
-
ほととぎすが人に慣れはじめたように、あなたと親しくなりはじめた甲斐もなく、その声をよそながら聞き続けることだ。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌五 912
詞書「見馴れたる女に、また物言はむとてまかりたりけれど、声はしながら隠れければ、つかはしける」
ほととぎすのように親しくなりはじめた甲斐もなく、その声をよそながら聞き続ける、と詠んだ歌である。声は聞こえるのに姿を見せない女を、鳴き声ばかりで姿を見せないほととぎすになぞらえ、もどかしさを訴えている。
詞書によれば、親しくなった女のもとへ再び話をしようと行ったが、声はするのに姿を隠したので送った歌である。ほととぎすは本巻の第九百五十首、第九百五十一首でも、なかなか近くで鳴かない鳥として詠まれている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「郭公」は、ほととぎすの意で、声ばかり聞こえて姿を見せない鳥として女をたとえている。
二句「なつきそめてし」は、慣れ親しみはじめた、の意で、「てし」は完了の助動詞「つ」と過去の助動詞「き」である。
三句「かひもなく」は、甲斐もなく、の意である。
四句「声をよそにも」は、声をよそながら、の意で、姿を見ずに声だけを聞くことを表している。
結句「聞きわたるかな」は、聞き続けることだ、の意で、「わたる」は時間にわたって続く意を添えている。
なつく:慣れ親しむ、なじむ
ききわたる:長い間聞き続ける
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
人言のうきをも知らずありかせし 昔ながらの我が身ともがな
- 次の歌
-
常よりも起き憂かりつる暁は 露さへかかるものにぞありける