思はむと我を頼めし言の葉は
忘れ草とぞ今はなるらし
- 歌の意味
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いつまでも思おうと言って私に頼みにさせたあの言葉は、今では忘れ草となってしまったらしい。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 921
詞書「題しらず」
思い続けようと言って私を頼みにさせた言葉は、今では忘れ草となってしまったらしい、と詠んだ歌である。言葉を「言の葉」として草に見立て、愛の誓いがいつしか忘れ草に変わってしまったと、相手の心変わりを嘆いている。
前の第九百十九首、第九百二十首に続き、言葉に寄せた恋の歌である。前の二首が「思ふてふ」言葉の甘さとつらさを詠んだのに対し、本歌はその言葉が忘れ草に変わった後を詠んでいる。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「思はむと」は、思い続けようと、の意で、「む」は意志の助動詞である。
二句「我を頼めし」は、私に頼みにさせた、の意で、「頼め」は下二段活用で、頼みに思わせる意である。
三句「言の葉は」は、その言葉は、の意で、「葉」が四句の「草」と縁語になっている。
四句「忘れ草とぞ」は、忘れ草と、の意で、「ぞ」は強めの係助詞である。
結句「今はなるらし」は、今はなってしまったらしい、の意で、「らし」は根拠のある推定を表す。
たのむ:頼みに思わせる、あてにさせる
わすれぐさ:萱草の別名で、身につけると憂いを忘れるとされた草
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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思ふてふことこそ憂けれくれ竹の よにふる人の言はぬなければ
- 次の歌
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今までも消えでありつる露の身は 置くべき宿のあればなりけり