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人はいさ深山隠れの郭公
慣らはぬ里は住み憂かるべし

歌の意味
ほかの人はどうだか知らないが、深山に隠れ住むほととぎすにとっては、住み慣れない里は住みづらいことだろう。
鑑賞
巻第十三 恋歌五 951

詞書「返し」
 ほかの人はどうか知らないが、深山に隠れるほととぎすには住み慣れない里は住みづらいだろう、と詠んだ歌である。前歌で深山を出て近くで鳴けと求められたのに対し、自分は慣れない里には住みにくいと、やんわりと誘いを断っている。
 前歌の第九百五十首への返歌である。前歌の深山とほととぎすを受け、深山を出よという呼びかけに、深山に隠れるほととぎすの立場から答えており、呼ぶ側と呼ばれる側が向き合う構図となっている。
 作者の大輔は、後撰集の時代に活躍した女房歌人で、藤原実頼や藤原敦忠らと歌を交わした。

 初句「人はいさ」は、ほかの人はさあどうだか、の意で、「いさ」は、さあ、と判断を保留する語である。
 二句「深山隠れの」は、深山に隠れ住む、の意で、前歌の「深山」を受けている。
 三句「郭公」は、ほととぎす、の意で、前歌の三句と同じ語を用い、自分をたとえている。
 四句「慣らはぬ里は」は、住み慣れない里は、の意で、前歌の「深山を出でて」に応じて、里に出ることを表している。
 結句「住み憂かるべし」は、住みづらいだろう、の意で、「べし」は推量の助動詞である。

みやまがくれ:奥深い山に隠れていること
ならふ:慣れる、なじむ
作者
大輔
出典
後撰和歌集
前の歌
今ははや深山を出でて郭公 け近き声を我に聞かせよ
次の歌
ありしだに憂かりしものを飽かずとて いづこに添ふるつらさなるらん