夏虫の知る知る迷ふおもひをば
懲りぬ悲しと誰か見ざらん
- 歌の意味
-
夏の虫が身を焼くと知りながら火に迷い込むような、そんな恋の思いを、懲りずに哀れなものだと、誰が見ないことがあろうか。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌五 968
詞書「返し」
夏の虫が知りながら火に迷い込むような恋の思いを、懲りずに哀れなものと誰が見ないだろうか、と詠んだ歌である。前歌の「懲りぬ心」を、身を焼くと知りながら火に飛び込む夏の虫にたとえ、懲りないのは哀れで愚かなことだと、からかうように切り返している。
前歌の第九百六十七首への返歌である。前歌の「懲りぬ」を受けて同じ語で答えており、巻頭の第八百九十二首と同じく、伊勢が業平の歌に答える形に配されている。
作者の伊勢は、藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕え、宇多天皇の寵を受けた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「夏虫の」は、夏の虫の、の意で、火に飛び込む蛾などの虫をいう。
二句「知る知る迷ふ」は、知りながら迷い込む、の意で、身を焼くと知りながら火に寄っていくさまである。
三句「おもひをば」は、思いを、の意で、「おもひ」の「ひ」に「火」を掛けている。
四句「懲りぬ悲しと」は、懲りずに哀れだと、の意で、前歌の「懲りぬ」を受けている。
結句「誰か見ざらん」は、誰が見ないだろうか、いや誰もが見る、の意で、「か」は反語の係助詞で、連体形「ざらん」で結んでいる。
なつむし:夏の夜、灯火に集まる蛾などの虫
おもひ:「思ひ」の「ひ」に「火」を掛ける
- 作者
-
伊勢
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
頼めつつ逢はで年経るいつはりに 懲りぬ心を人は知らなん
- 次の歌
-
うちわびて呼ばはむ声に山びこの 答へぬ空はあらじとぞ思ふ