雨降れど降らねど濡るる我が袖の
かかるおもひに乾かぬやなぞ
- 歌の意味
-
雨が降っても降らなくても濡れる私の袖が、これほどの思いの火にあたっても乾かないのは、どうしてなのか。
- 鑑賞
-
巻第十三 恋歌五 973
詞書「雨の降る日、人につかはしける」
雨が降っても降らなくても濡れる私の袖が、これほどの思いの火にあたっても乾かないのはなぜか、と詠んだ歌である。涙で濡れた袖と、思いの火の熱さとを対比させ、燃える思いでも乾かないほど涙が多いと訴えている。
詞書によれば、雨の降る日に人に送った歌である。次歌の第九百七十四首は相手の返しで、袖、乾く、思ひの語を受けて答えている。思いの火で乾くかどうかを詠む趣向は、本巻の第九百五十五首、第九百五十六首の濡れ衣の贈答とも通じている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「雨降れど」は、雨が降っても、の意である。
二句「降らねど濡るる」は、降らなくても濡れる、の意で、初句と対になり、涙でいつも濡れていることを表している。
三句「我が袖の」は、私の袖が、の意である。
四句「かかるおもひに」は、このような思いの火に、の意で、「おもひ」の「ひ」に「火」を掛けている。
結句「乾かぬやなぞ」は、乾かないのはどうしてなのか、の意で、「なぞ」は「なにぞ」のつまった形である。
おもひ:「思ひ」の「ひ」に「火」を掛ける
なぞ:なぜか、どうしてか
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
流れ出づる涙の川の行く末は つひにあふみの海と頼まむ
- 次の歌
-
露ばかり濡るらん袖の乾かぬは 君がおもひのほどや少なき