葛城や久米路に渡す岩橋の
なかなかにても帰りぬるかな
- 歌の意味
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葛城の久米路に架け渡そうとした岩橋が中途で絶えたように、なまじ逢ったことで、かえって中途半端なまま帰ってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌五 985
詞書「離れにける男の、思ひ出でて詣で来て、物など言ひて帰りて」
葛城の久米路の岩橋が中途で絶えたように、中途半端なままで帰ってしまった、と詠んだ歌である。久しく離れていた女のもとを訪ねたものの、話をしただけで帰ってきたもどかしさを、架けかけて途絶えた伝説の岩橋にたとえている。
詞書によれば、離れていた男が女を思い出して訪ねて来て、話などして帰った後に詠んだ歌である。葛城の神が夜しか働かなかったために、久米路の岩橋は完成しなかったという伝説をふまえている。次歌の第九百八十六首は女の返しで、葛城と久米路の橋の語を受けて答えている。葛城は本巻の第九百五十三首にも詠み込まれている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「葛城や」は、葛城の、の意で、「や」は詠嘆の間投助詞である。大和の歌枕である。
二句「久米路に渡す」は、久米路に架け渡す、の意である。
三句「岩橋の」は、岩の橋の、の意で、ここまでが四句の「なかなか」を導く序詞となっている。
四句「なかなかにても」は、中途半端なままで、の意で、「なかなか」に橋の「中」が途絶えたことと、なまじっか、かえって、の意を掛けている。
結句「帰りぬるかな」は、帰ってしまったことだ、の意で、「かな」は詠嘆の終助詞である。
くめぢ:葛城山の久米の路
いははし:岩の橋。葛城の神が架けかけて途中でやめたという伝説の橋
なかなか:橋の「中」が絶えたことと、なまじっかの意を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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守る人のあるとは聞けど逢坂の 関もとどめぬ我が涙かな
- 次の歌
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なか絶えて来る人もなき葛城の 久米路の橋は今もあやふし