忘れ草名をもゆゆしみかりにても
生ふてふ宿は行きてだに見じ
- 歌の意味
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忘れ草はその名さえ忌まわしいので、刈りに行くためにも、かりそめにも、それが生えているという家には、行って見ることさえすまい。
- 鑑賞
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巻第十四 恋歌六 1050
詞書「相知りて侍りける人のもとに久しうまからざりければ、忘れ草何をか種と思ひしは、といふことを言ひつかはしたりければ」
忘れ草は名さえ忌まわしいので、かりそめにも、それが生えるという家には行って見ることさえすまい、と詠んだ歌である。久しく訪れないことを責められたのに対し、忘れ草の生えるという家を避けたのだと、訪れなかったわけを言い繕っている。
詞書によれば、親しくしていた人のもとに久しく行かなかったところ、「忘れ草何をか種と思ひしは」という句を言い送ってきたので詠んだ歌で、次歌の第千五十一首に返しが置かれている。この句は古今和歌集恋歌五の素性法師の歌「忘れ草何をか種と思ひしはつれなき人の心なりけり」の上の句である。本巻の第千六十首も忘れ草を詠んでいる。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「忘れ草」は、萱草のことで、身につけると憂いを忘れるという草である。次歌の三句にも置かれている。
二句「名をもゆゆしみ」は、名さえ忌まわしいので、の意で、「み」は原因を表す接尾語である。
三句「かりにても」は、かりそめにも、の意で、「かり」に忘れ草を「刈り」に行く意と、「仮」の意を掛けている。
四句「生ふてふ宿は」は、生えているという家は、の意で、相手の家を暗に指している。
結句「行きてだに見じ」は、行って見ることさえすまい、の意で、「じ」は打消しの意志の助動詞である。次歌の四句「植ゑてだに見し」がこれを受けている。
わすれぐさ:萱草。身につけると憂いを忘れるとされた草
かり:草を刈る意と、仮の意を掛ける
おふ:生える
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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訪ふことを待つに月日はこゆるぎの 磯にや出でて今はうらみん
- 次の歌
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うきことの繁き宿には忘れ草 植ゑてだに見しあきぞわびしき