伊勢の海の釣りのうけなるさまなれど
深き心は底に沈めり
- 歌の意味
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伊勢の海の釣りの浮きのように、頼りなく浮ついた姿ではあるけれど、深い心は底に沈めて持っているのだ。
- 鑑賞
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巻第十五 雑歌一 1085
詞書「姿あやしと人の笑ひければ」
伊勢の海の釣りの浮きのように見た目は頼りなく浮ついているが、深い心は底に沈めている、と詠んだ歌である。姿を笑われたのに対し、外見は浮きのようでも内面は海の底のように深いと、海の縁語を連ねて切り返している。
詞書によれば、姿がみすぼらしいと人が笑ったので詠んだ歌である。前歌の朽木に続き、本歌では釣りの浮きと、自らを物にたとえて人の言葉に答える歌が並んでいる。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、三十六歌仙に数えられる。小倉百人一首には「心あてに折らばや折らむ初霜の」の歌が採られている。
初句「伊勢の海の」は、伊勢の海の、の意で、海の深さを思わせる地名を置いている。
二句「釣りのうけなる」は、釣りの浮きのような、の意で、「うけ」は釣り糸につける浮きである。水面に浮かぶさまに、浮ついて見える自分の姿をたとえている。
三句「さまなれど」は、姿ではあるが、の意で、「ど」は逆接を表す。詞書の「姿あやし」を受けている。
四句「深き心は」は、深い心は、の意で、伊勢の海の深さに重ねている。
結句「底に沈めり」は、底に沈んでいる、の意で、「り」は存続の助動詞である。浮きの「浮く」に対して「沈む」を置き、海の縁語で一首をまとめている。
うけ:釣り糸につける浮き
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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あしひきの山に生ひたる白樫の 知らじな人を朽木なりとも
- 次の歌
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白河の滝のいと見まほしけれど みだりに人は寄せじものをや