引きて植ゑし人はむべこそ老いにけれ
松の木高くなりにけるかな
- 歌の意味
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松を引き抜いて植えた人は、なるほど老いてしまったはずだ。松がこんなにも高く伸びたのだから。
- 鑑賞
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巻第十五 雑歌一 1107
詞書「淡路のまつりごと人の任果てて上りまうで来てのころ、兼輔朝臣の粟田の家にて」
松を引き抜いて植えた人がなるほど老いたはずだ、松がこれほど高くなったのだから、と詠んだ歌である。淡路での任期を終えて都に戻り、久しぶりに見た兼輔邸の松の成長に、過ぎた歳月と老いを感じ取っている。
詞書によれば、淡路の国司の任を終えて都に上ってきたころ、藤原兼輔の粟田の家で詠んだ歌である。躬恒は淡路権掾を務めた。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、三十六歌仙に数えられる。小倉百人一首には「心あてに折らばや折らむ初霜の」の歌が採られている。
なお本文の初句は「ひきてうゑし」とあり、読み仮名の行の「ひきうゑし」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「引きて植ゑし」は、引き抜いて植えた、の意で、字余りとなっている。若松を引いて植えた人を指している。
二句「人はむべこそ」は、その人はなるほど、の意で、「むべ」は納得する気持ちを表す。「こそ」は強意の係助詞で、三句の已然形「けれ」で結ぶ係り結びとなっている。
三句「老いにけれ」は、老いてしまったことだ、の意で、二句の「こそ」を受けて結んでいる。ここで句切れとなる。
四句「松の木高く」は、松が木高く、の意で、「木高し」は木が高く茂るさまをいう。
結句「なりにけるかな」は、なってしまったことだ、の意で、松の成長に歳月の長さを知った感慨を示している。三句の嘆きの理由を後から示す倒置となっている。
まつりごとびと:政務に携わる人。ここは国司
ひきうう:若木などを引き抜いて植える
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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古里の三笠の山は遠けれど 声は昔のうとからぬかな
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小山田のおどろかしにも来ざりしを いとひたぶるに逃げし君かな