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思ひには消ゆるものぞと知りながら
今朝しもおきて何に来つらん

歌の意味
思いの火にあえば消えてしまうものだと知りながら、霜が置くように今朝起き出して、どうして帰って来てしまったのだろうか。
鑑賞
巻第十六 雑歌二 1134

詞書「これかれあひて夜もすがら物語して、つとめて送り侍りける」
 思いの火にあえば消えるものと知りながら、霜の置く今朝、どうして起きて帰って来てしまったのか、と詠んだ歌である。「思ひ」の「ひ」に火を、「しも」に霜を、「おき」に起きと置きを響かせ、霜が火に消えるように、別れてきた身が名残に消え入りそうだと訴えている。
 詞書によれば、人々が集まって夜通し語り合い、翌朝に送った歌である。
 作者の「藤原おきかぜ」は藤原興風である。藤原道成の子で、相模掾などの地方官を務めた。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「誰をかも知る人にせむ高砂の」の歌が採られている。

 初句「思ひには」は、思いの火には、の意で、「思ひ」の「ひ」に「火」を響かせている。
 二句「消ゆるものぞと」は、消えてしまうものだと、の意で、火にあえば消える霜の性質をいう。
 三句「知りながら」は、知っていながら、の意で、「ながら」は逆接を表す。
 四句「今朝しもおきて」は、ほかならぬ今朝起きて、の意で、「しも」に強めの助詞と「霜」を、「おき」に「起き」と霜が「置き」を掛けている。
 結句「何に来つらん」は、どうして来てしまったのだろうか、の意で、夜通しの語らいの場を離れて帰ってきたことをいう。「らん」は原因推量の助動詞である。

しも:強めの助詞「しも」と、霜を掛ける
おく:起きる意と、霜が置く意を掛ける
つとめて:翌朝。早朝
よもすがら:一晩中
作者
藤原興風
出典
後撰和歌集
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いづれをか雨とも分かむ山伏の 落つる涙も降りにこそ降れ
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