古典和歌stream

立ち騒ぐ浪間を分けてかづきてし
沖のもくづをいつか忘れん

歌の意味
立ち騒ぐ波の間を分けて潜り、沖から取ってきてくださった藻屑のようなもの、つまりお借りした沓のご恩を、いつ忘れることがあろうか。
鑑賞
巻第十六 雑歌二 1148

詞書「ある所の童女、五節見に南殿にさぶらひて、沓を失ひてけり、すけむとの朝臣蔵人にて沓を貸して侍りけるを、返すとて」
 騒ぐ波の間を分けて潜り取ってきてくれた沖の藻屑を、いつ忘れようか、と詠んだ歌である。人の立ち騒ぐ五節の場で沓を貸してもらった恩を、海人が荒波に潜って藻屑を取る苦労になぞらえ、「もくづ」に「くつ」を詠み込んで感謝を伝えている。
 詞書によれば、ある所に仕える童女が、五節の舞を見に紫宸殿に控えていて沓をなくしてしまい、蔵人であった「すけむと」の朝臣が沓を貸してくれたので、それを返すときに添えた歌である。次歌に返しがあり、贈答となっている。
 作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。詞書によればある所に仕える童女である。

 初句「立ち騒ぐ」は、立ち騒ぐ、の意で、五節の見物に人々がひしめく様子を、騒ぐ波にたとえている。本巻の第千百五十九首の二句にも「立ち騒がれし」とある。
 二句「浪間を分けて」は、波の間をかき分けて、の意である。
 三句「かづきてし」は、潜って取った、の意で、「てし」は完了と過去の助動詞である。
 四句「沖のもくづを」は、沖の藻屑を、の意で、「もくづ」の中に「くつ」すなわち沓を詠み込んでいる。次歌の二句にも同じ句が詠まれている。
 結句「いつか忘れん」は、いつ忘れようか、の意で、「か」は反語の係助詞で、連体形「ん」で結ぶ係り結びとなっている。決して忘れないという意である。

かづく:水に潜って物を取る
もくづ:海中の藻のくず。「くつ」すなわち沓を詠み込む
ごせち:新嘗祭や大嘗祭で行われた少女の舞
なでん:紫宸殿
作者
よみ人しらず
出典
後撰和歌集
前の歌
散ると見て袖に受くれどたまらぬは 荒れたる浪の花にぞありける
次の歌
かづき出でし沖のもくづを忘れずは 底のみるめを我に刈らせよ