死出の山たどるたどるも越えななで
憂き世の中に何帰りけん
- 歌の意味
-
死出の山を、たどりたどりしながらも越えてしまわないで、このつらい世の中に、どうして帰ってきたのだろうか。
- 鑑賞
-
巻第十六 雑歌二 1166
詞書「病しけるを、からうしておこたれりと聞きて」
死出の山をたどりたどりしながらも越えきらずに、つらい世の中にどうして帰ってきたのか、と詠んだ歌である。重い病からようやく回復したことを、冥土への山路から引き返したと言い表し、憂き世に戻った身の複雑な思いを詠んでいる。
詞書によれば、病気をしていたのが、ようやく回復したと聞いて詠んだ歌である。回復した人に寄せた歌とも、その人の立場で詠んだ歌とも読める。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「死出の山」は、死者が越えて冥土へ行くという山である。
二句「たどるたどるも」は、たどりたどりしながらも、の意で、本巻の第千百四十四首の四句「たどるたどるぞ」と同じ語を重ねている。
三句「越えななで」は、越えてしまわないで、の意で、生死の境を越えずに引き返したことをいう。
四句「憂き世の中に」は、つらい世の中に、の意で、巻頭の第千百二十五首の二句にも「憂き世の中」が詠まれている。
結句「何帰りけん」は、どうして帰ってきたのだろうか、の意で、「けん」は過去の原因推量の助動詞である。
しでのやま:死者が越えて冥土へ行くという山
たどる:道を探りながら進む
おこたる:病気がよくなる
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
音にのみ聞きてはやまじ浅くとも いざ汲み見てん山の井の水
- 次の歌
-
数ならぬ身をもちにて吉野山 高きなげきを思ひこりぬる