憂けれども悲しきものをひたぶるに
我をや人の思ひ捨つらん
- 歌の意味
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つらくはあるけれども悲しいのに、ひたすらに、あの人は私のことを思い捨ててしまうのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌三 1203
詞書「前坊おはしまさずなりてのころ、五節の師のもとにつかはしける」
つらくても悲しいのに、ひたすらに私を思い捨ててしまうのだろうか、と詠んだ歌である。主を失った悲しみの中で、同じ宮に仕えた人まで自分を見捨てるのかと心細さを訴えている。
詞書によれば、前坊が亡くなったころ、五節の師のもとへ送った歌である。前坊は醍醐天皇の皇太子で、即位を待たずに亡くなった保明親王を指す。五節の師は、五節の舞を教える役の人を指すとみられる。次歌はその返しで、二首は贈答の一組となっている。
作者の大輔は、後撰和歌集の時代の女房歌人で、源弼の娘とされる。
初句「憂けれども」は、つらくはあるけれども、の意で、「ども」は逆接を表す。
二句「悲しきものを」は、悲しいのに、の意で、「ものを」は逆接の気持ちを含む。次歌の初句「悲しきも」に受けられている。
三句「ひたぶるに」は、ひたすらに、一途に、の意である。
四句「我をや人の」は、私を、あの人は、の意で、「や」は疑問の係助詞である。
結句「思ひ捨つらん」は、思い捨ててしまうのだろうか、の意で、四句の「や」を受けて連体形「らん」で結ぶ係り結びとなっている。次歌の結句「思ひ捨つべき」と呼応している。
ぜんばう:前の皇太子、ここは保明親王
ごせち:新嘗祭などで行われた少女の舞
おもひすつ:心にかけなくなる、見捨てる
- 作者
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大輔
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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世とともに我がぬれぎぬとなるものは わぶる涙の着するなりけり
- 次の歌
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悲しきも憂きも知りにしひとつ名を 誰を分くとか思ひ捨つべき