身は早くなきもののごとなりにしを
消えせぬものは心なりけり
- 歌の意味
-
この身はとうに無いもののようになってしまったのに、消えずに残っているものは、昔を思う心であったのだ。
- 鑑賞
-
巻第十七 雑歌三 1213
詞書「昔同じ所に宮仕へしける人、年ごろいかにぞなど問ひおこせて侍りければ、つかはしける」
身はとうに無いもののようになったが、消えずにいるのは心であった、と詠んだ歌である。世に忘れられた我が身と、昔をなつかしむ変わらぬ心とを対比し、かつての同僚への思いを伝えている。
詞書によれば、昔同じ所に宮仕えしていた人が、この数年どうしているかなどと尋ねてきたので、送った歌である。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「身は早く」は、この身はとうに、の意で、結句の「心」と対をなしている。
二句「なきもののごと」は、無いもののように、の意で、世に忘れられた身をいう。
三句「なりにしを」は、なってしまったのに、の意で、「を」は逆接を表す。
四句「消えせぬものは」は、消えずに残っているものは、の意で、二句の「なき」と対応している。
結句「心なりけり」は、心であったのだ、の意で、「けり」は気づきを表す。本巻の第千二百八首の四句「心のみこそ」と同じく、身と心を分けて詠んでいる。
としごろ:この数年来
とひおこす:安否を尋ねてよこす
- 作者
-
伊勢
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
島隠れ荒磯に通ふ葦鶴の ふみおく跡は波も消たなん
- 次の歌
-
睦ましき妹背の山の中にさへ 隔つる雲の晴れずもあるかな