緑なるまつほど過ぎばいかでかは
下葉ばかりももみぢせざらん
- 歌の意味
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いつも緑の松であっても、待つ時が長く過ぎれば、どうして下葉ぐらいは紅葉しないことがあろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌三 1225
詞書「男の物にまかりて、二年ばかりありてまうで来たりけるを、ほど経てのちに、ことなしびに、異人に名立つと聞きしはまことなりけりと言へりければ」
緑の松も、待つ時が過ぎれば、どうして下葉ぐらい紅葉しないことがあろうか、と詠んだ歌である。「松」と「待つ」を掛け、二年も待たされれば心が少し移ろうのも当然だと、浮き名を責める男に言い返している。
詞書によれば、男がよそへ出かけて二年ほどして帰ってきたが、しばらくたってから、さりげなく、ほかの男と噂が立っていると聞いたのは本当だったのだな、と言ったので、女が詠んだ歌である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「緑なる」は、緑の、の意で、常緑の松の変わらぬ色をいう。
二句「まつほど過ぎば」の「まつ」は、「松」と「待つ」を掛けた掛詞で、待つ時が長く過ぎれば、の意である。
三句「いかでかは」は、どうして、の意で、反語を表す。
四句「下葉ばかりも」は、下葉ぐらいは、の意で、表に出ない心の内のわずかな変化をたとえている。
結句「もみぢせざらん」は、紅葉しないことがあろうか、の意で、三句の反語を受けて結んでいる。
まつ:「松」の意と、「待つ」を掛ける
したば:草木の下の方の葉
ことなしぶ:何でもないふうを装う
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
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波にのみ濡れつるものを吹く風の たよりうれしき海人の釣舟
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