飛鳥川我が身ひとつの淵瀬ゆゑ
なべての世をも恨みつるかな
- 歌の意味
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飛鳥川の淵や瀬のように移り変わる、我が身ひとつの浮き沈みのせいで、世の中全体までも恨んでしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌三 1232
詞書「題しらず」
飛鳥川の淵瀬のような我が身ひとつの浮き沈みのために、世の中全体まで恨んだことだ、と詠んだ歌である。自分ひとりの境遇の変化にすぎないのに、世の中すべてを恨んでしまったと省みている。
古今和歌集の「世の中は何か常なるあすか川」の歌で知られる、淵が瀬に変わる飛鳥川の無常を踏まえている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「飛鳥川」は、大和の国の飛鳥川で、淵と瀬がよく移り変わる川として、世の無常を表す歌枕である。
二句「我が身ひとつの」は、自分ひとりだけの、の意で、四句の「なべての世」と対をなしている。
三句「淵瀬ゆゑ」は、淵や瀬のように移り変わる境遇のために、の意で、身の浮き沈みをたとえている。
四句「なべての世をも」は、世の中全体までも、の意である。
結句「恨みつるかな」は、恨んでしまったことだ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。本巻の第千二百十七首の三句「恨みつる」と同じ語である。
ふちせ:川の深い所と浅い所、移り変わる境遇のたとえ
あすかがは:大和の国の川、歌枕
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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大堰川浮かべる舟のかがり火に をぐらの山も名のみなりけり
- 次の歌
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世の中を厭ひがてらに来しかども 憂き身ながらの山にぞありける