下にのみ這ひわたりつる葦の根の
うれしき雨にあらはるるかな
- 歌の意味
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土の下にばかり這い続けていた葦の根が、うれしい雨によって、すっかり現れることだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌三 1234
詞書「父母侍りける人の娘に忍びて通ひ侍りけるを、聞きつけて勘事せられ侍りけるを、月日経て隠れわたりけれど、雨降りてえまかり出で侍らで籠りゐて侍りけるを、父母聞きつけていかがはせむとて、許すよし言ひて侍りければ」
土の下にばかり這っていた葦の根が、うれしい雨で現れることだ、と詠んだ歌である。人目を忍んで通った恋を地下を這う葦の根にたとえ、雨の日に見つかったのがかえって許しのきっかけとなった喜びを表している。
詞書によれば、父母のいる人の娘のもとへひそかに通っていたのが知られて叱責を受け、月日を経ても隠れて通い続けていたが、雨が降って帰れずに籠っていたのを父母が知り、仕方がないと許すと言ってきたので詠んだ歌である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。原文の作者表記は「よみ人も」とあるが、ここでは「よみ人しらず」として扱う。
初句「下にのみ」は、土の下にばかり、の意で、人目を忍ぶ恋をたとえている。
二句「這ひわたりつる」は、這い続けていた、の意である。
三句「葦の根の」は、葦の根が、の意で、ひそかに続けてきた通いをたとえている。
四句「うれしき雨に」は、うれしい雨によって、の意で、帰れずに籠ったことがかえって許しにつながった雨をいう。
結句「あらはるるかな」は、現れることだ、の意で、葦の根が雨に洗われて現れることと、恋が公に認められることを重ねている。「かな」は詠嘆を表す。
かうじ:勘事、目上の者からのとがめ、叱責
はひわたる:這って長く続く
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
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