難波津を今日こそみつの浦ごとに
これやこの世をうみ渡る舟
- 歌の意味
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難波津を今日こそ見た。御津の浦ごとに浮かぶ舟、これがあの、この世を倦みながら海を渡ってゆく舟なのか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌三 1244
詞書「身の愁へ侍りける時、津の国にまかりて住み始め侍りけるに」
難波津を今日こそ見た、御津の浦ごとの舟、これがこの世を倦みつつ海を渡る舟か、と詠んだ歌である。「見つ」と「御津」、「海」と「倦み」を掛け、浦々を行き交う舟に、世に倦みながら生きる我が身を重ねている。
詞書によれば、身に憂えごとがあった時、摂津の国に下って住み始めたころの歌である。
作者の「業平朝臣」は在原業平である。阿保親王の子で、在原行平の異母弟にあたる。六歌仙、三十六歌仙の一人で、伊勢物語の主人公に擬せられる。
伊勢物語第六十六段にも、摂津の国での歌としてほぼ同じ形で見える。
初句「難波津を」は、摂津の国の難波の港を、の意である。
二句「今日こそみつの」の「みつ」は、「見つ」と地名の「御津」を掛けた掛詞で、今日こそ見た、の意と、御津の浦の意を重ねている。
三句「浦ごとに」は、浦々ごとに、の意である。
四句「これやこの」は、これがあの、の意で、「や」は疑問を表す。
結句「世をうみ渡る舟」の「うみ」は、「海」と「倦み」を掛けた掛詞で、世を倦みながら海を渡る舟、の意である。体言止めとなっている。
みつ:「見つ」の意と、難波の港の「御津」を掛ける
うむ:「海」の意と、飽き飽きする「倦む」を掛ける
なにはづ:摂津の国の難波の港
- 作者
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在原業平
- 出典
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後撰和歌集
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言の葉もなくて経にける年月に この春だにも花は咲かなん
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白雲の来宿る峰の小松原 枝しげけれや日の光見ぬ