あしのうらのいときたなくも見ゆるかな
波は寄りても洗はざりけり
- 歌の意味
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葦の生える浦がたいそう汚く見えることよ。波は寄せても洗わなかったのだなあ。
- 鑑賞
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巻第十八 雑歌四 1262
詞書「物に籠りたるに、知りたる人の局並べて正月行ひて出づる暁に、いときたなげなる下沓を落としたりけるを、取りてつかはすとて」
葦の浦がたいそう汚く見えることだ、波は寄せても洗わなかったのだ、と詠んだ歌である。「葦の浦」に「足の裏」を掛け、落とした汚い下沓を、波が寄せても洗われない浦にたとえて、からかって送り返している。
詞書によれば、寺に籠っていた時、知り合いの人が局を並べて正月の勤行をしていたが、その人が出て行く明け方に、ひどく汚れた下沓を落としていったのを拾って、送り届けるときに添えた歌である。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「あしのうらの」の「あしのうら」は、「葦の浦」と「足の裏」を掛けた掛詞で、字余りとなっている。
二句「いときたなくも」は、たいそう汚く、の意である。
三句「見ゆるかな」は、見えることよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。ここで句切れとなる。
四句「波は寄りても」は、波は寄せても、の意で、「波」「寄る」は「浦」の縁語である。
結句「洗はざりけり」は、洗わなかったのだなあ、の意で、「けり」は気づきを表す。
あしのうら:「葦の浦」の意と、「足の裏」を掛ける
したうづ:沓の下にはく布製の足袋
つぼね:寺などで仕切って設けた部屋
おこなふ:仏道の勤行をする
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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ありと聞く音羽の山の郭公 何か隠るらん鳴く声はして
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人心たとへて見れば白露の 消ゆる間もなほ久しかりけり