あはれてふ言にしるしはなけれども
言はではえこそあらぬものなれ
- 歌の意味
-
「あわれ」という言葉に、口にしたところで何の効き目もないけれども、それでも言わずにはいられないものなのだ。
- 鑑賞
-
巻第十八 雑歌四 1271
詞書「ある所に簾の前に、かれこれ物語りし侍りけるを聞きて、内より女の声にて、あやしく物のあはれ知り顔なる翁かなと言ふを聞きて」
「あはれ」という言葉に効き目はないが、言わずにはいられないものだ、と詠んだ歌である。簾の内の女に、物のあわれを知った顔の老人だと揶揄され、言っても甲斐はないが、心に感じたことは口にせずにいられないと応じている。
詞書によれば、ある所の簾の前で人々と語り合っていたところ、簾の内から女の声で、妙に物のあわれを知っているような顔をした老人だことと言うのを聞いて、詠んだ歌である。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐日記の作者としても知られ、小倉百人一首には「人はいさ心も知らずふるさとは」の歌が採られている。
初句「あはれてふ」は、「あはれ」という、の意で、「てふ」は「といふ」の縮まった形である。詞書の女の言葉「物のあはれ」を受けている。
二句「言にしるしは」は、言葉に効き目は、の意である。
三句「なけれども」は、ないけれども、の意で、「ども」は逆接を表す。
四句「言はではえこそ」は、言わないではとても、の意で、「え」は打消と呼応して不可能を表し、「こそ」は強意の係助詞である。
結句「あらぬものなれ」は、いられないものだ、の意で、四句の「こそ」を受けて已然形「なれ」で結ぶ係り結びとなっている。
しるし:効き目、効果
おきな:老人
す:すだれ
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
あひにあひて物思ふころの我が袖は 宿る月さへ濡るる顔なる
- 次の歌
-
移ろはぬ名に流れたる川竹の いづれの世にかあきを知るべき