待つ人は来ぬと聞けどもあらたまの
年のみ越ゆるあふさかの関
- 歌の意味
-
待っている人は都に来たと聞くけれども、逢坂の関を越えて来るのは新しい年ばかりで、あの人は逢いに来てくれない。
- 鑑賞
-
巻第十八 雑歌四 1303
詞書「師走ばかりに、東よりまうで来ける男の、もとより京にあひ知りて侍りける女のもとに、正月ついたちまで訪れず侍りければ」
待つ人は来たと聞くけれども、逢坂の関を越えるのは年ばかりだ、と詠んだ歌である。東国から都へ上った男が正月になっても訪ねて来ないことを、「逢ふ」の名を持つ逢坂の関を越えて来るのは新年ばかりだと恨んでいる。
詞書によれば、十二月ごろ東国から都に上ってきた男が、以前から京で知り合っていた女のもとに、正月の一日まで訪ねて来なかったので、女が詠んだ歌である。雑歌四の巻末歌で、年の改まる時節を詠む歌で巻を閉じている。
作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。
初句「待つ人は」は、待っている人は、の意である。本巻の第千二百五十五首も、上京しながら訪れない人を待つ嘆きを「待ちても」と詠んでいる。
二句「来ぬと聞けども」は、都に来たと聞くけれども、の意で、「ぬ」は完了を表す。
三句「あらたまの」は、「年」にかかる枕詞である。
四句「年のみ越ゆる」は、年ばかりが越えて来る、の意で、待つ人ではなく新年だけが関を越えて来ることをいう。
結句「あふさかの関」の「あふ」は、地名の「逢坂」と「逢ふ」を掛けた掛詞で、東国から都に入る関である。体言止めとなっている。
あふさかのせき:山城と近江の境の関の意と、「逢ふ」を掛ける
しはす:陰暦十二月
あづま:東国
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
後撰和歌集
- 前の歌
-
峰高み行きても見べき紅葉葉を 我がゐながらもかざしつるかな
- 次の歌
-
折々に打ちて焚く火の煙あらば 心ざすかをしのべとぞ思ふ