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このたびも我を忘れぬものならば
うち見むたびに思ひ出でなん

歌の意味
今度の旅でも私を忘れないというのなら、この火打ちを打ち、ふと目にするたびに、私を思い出してほしい。
鑑賞
巻第十九 離別歌 1309

詞書「遠き国へまかりける友だちに、火打ちに添へてつかはしける」
 この旅でも私を忘れないのなら、火打ちを打って見るたびに思い出してほしい、と詠んだ歌である。遠い国へ旅立つ友に火打ちを贈り、旅先で火を打つたびに自分を思い出してほしいと願っている。
 詞書によれば、遠い国へ下る友だちに、火打ちに添えて贈った歌である。本巻の第千三百四首も、陸奥へ下る人に火打ちを贈った歌で、同じ品を詠む歌が呼応している。
 作者は「よみ人しらず」で、詠み手の名は伝わらない。

 初句「このたびも」の「たび」は、「度」と「旅」を掛けた掛詞で、今度の旅でも、の意である。
 二句「我を忘れぬ」は、私を忘れない、の意である。
 三句「ものならば」は、というのならば、の意で、「ば」は仮定を表す。
 四句「うち見むたびに」の「うち」は、火打ちを「打ち」と、ちょっと見る意の接頭語「うち」を掛けた掛詞である。「たび」は初句の「たび」と同じ語を重ねている。
 結句「思ひ出でなん」は、思い出してほしい、の意で、「なん」は他にあつらえ望む終助詞である。

たび:「度」の意と、「旅」を掛ける
うちみる:火打ちを「打ち」の意と、ちょっと見る意を掛ける
作者
よみ人しらず
出典
後撰和歌集
前の歌
信濃なる浅間の山も燃ゆなれば 富士の煙のかひやなからん
次の歌
打ち捨てて君しいなばの露の身は 消えぬばかりぞありと頼むな