別るれどあひも惜しまぬ百敷を
見ざらむことや何か悲しき
- 歌の意味
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別れて去るけれども、互いに名残を惜しみもしない宮中を、もう見なくなることが、どうして悲しいことがあろうか。
- 鑑賞
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巻第十九 離別歌 1322
詞書「亭子の帝下りゐたまうける秋、弘徽殿の壁に書きつけける」
別れるのに惜しみもしない宮中を見なくなることが、どうして悲しかろうか、と詠んだ歌である。宇多天皇の譲位に伴って宮中を去るにあたり、去る者を惜しみもしない宮中など見なくても悲しくないと言いながら、かえって深い名残惜しさをにじませている。
詞書によれば、亭子の帝、すなわち宇多天皇が譲位した秋に、弘徽殿の壁に書きつけた歌である。次歌は帝の返しで、二首は贈答の一組となっている。この贈答は大和物語の第一段にも見える。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「別るれど」は、別れて去るけれども、の意で、「ど」は逆接を表す。
二句「あひも惜しまぬ」は、互いに名残を惜しみもしない、の意で、宮中を擬人化している。
三句「百敷を」は、宮中を、の意である。
四句「見ざらむことや」は、もう見なくなることが、の意で、「や」は反語の係助詞である。
結句「何か悲しき」は、どうして悲しいことがあろうか、の意で、「や」「か」の反語を受けて連体形「悲しき」で結んでいる。次歌の結句「などか見ざらん」に応じられている。
ももしき:宮中
おりゐる:天皇が位を退く、譲位する
こきでん:宮中の殿舎の一つ、弘徽殿
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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ともともと慕ふ涙の添ふ水は いかなる色に見えてゆくらん
- 次の歌
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身一つにあらぬばかりをおしなべて 行きめぐりてもなどか見ざらん