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いとどしく過ぎゆく方の恋しきに
うらやましくも帰る波かな

歌の意味
ますます、過ぎて来た都の方角が恋しく思われるのに、うらやましいことに、寄せては帰ってゆく波であることよ。
鑑賞
巻第十九 離別歌 1352

詞書「東へまかりけるに、過ぎぬる方恋しく覚えけるほどに、川を渡りけるに波の立ちけるを見て」
 ますます過ぎてきた方が恋しいのに、うらやましくも帰る波だ、と詠んだ歌である。東国へ下る旅の途中、都の方が恋しく思われる折に、寄せては返す波を見て、帰ることのできない我が身と比べてうらやんでいる。
 詞書によれば、東国へ下る途中、通り過ぎてきた都の方が恋しく思われていたころ、川を渡った時に波が立つのを見て詠んだ歌である。伊勢物語の第七段にも、東下りの途中の歌として見える。本巻はここから、旅の道中の歌が続いている。
 作者の「業平朝臣」は在原業平である。平城天皇の皇子阿保親王の子で、六歌仙、三十六歌仙の一人に数えられる。伊勢物語の主人公に擬せられ、小倉百人一首には「ちはやぶる神代も聞かず竜田川」の歌が採られている。

 初句「いとどしく」は、ますます、いっそう、の意である。
 二句「過ぎゆく方の」は、通り過ぎて来た方角の、の意で、後にしてきた都の方をいう。
 三句「恋しきに」は、恋しく思われるのに、の意である。
 四句「うらやましくも」は、うらやましいことに、の意で、「うら」に浦を響かせ、「波」と縁をなしている。
 結句「帰る波かな」は、帰ってゆく波であることよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。寄せては返す波と、帰れない我が身とを対比している。

あづま:東国
作者
在原業平
出典
後撰和歌集
前の歌
名にし負はばあだにぞ思ふたはれ島 波のぬれぎぬいく夜着つらん
次の歌
都まで音にふりくる白山は ゆきつきがたき所なりけり