照る月の流るる見れば天の川
出づる港は海にぞありける
- 歌の意味
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照る月が流れてゆくのを見ると、天の川の流れ出る河口は、海にあったのだなあ。
- 鑑賞
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巻第十九 離別歌 1363
詞書「土佐より任果てて上り侍りけるに、舟の内にて月を見て」
照る月が流れるのを見ると、天の川の出る港は海にあったのだ、と詠んだ歌である。土佐からの帰京の船上で、海から月が昇るのを見て、月の渡る天の川の河口は海にあったのだと、海上ならではの月の眺めを詠んでいる。
詞書によれば、土佐守の任期を終えて都へ上る時、舟の中で月を見て詠んだ歌である。土佐日記にも同じ趣の歌が見える。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐日記の作者としても知られ、小倉百人一首には「人はいさ心も知らずふるさとは」の歌が採られている。
初句「照る月の」は、照り輝く月の、の意である。
二句「流るる見れば」は、流れてゆくのを見ると、の意で、空を渡る月を流れにたとえている。
三句「天の川」は、夜空の天の川で、月が流れ渡る川と見立てている。
四句「出づる港は」は、流れ出る河口は、の意である。
結句「海にぞありける」は、海にあったのだなあ、の意で、「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ係り結びとなっている。「流る」「港」は「川」の縁語である。
みなと:川が海に注ぐ河口、港
にんはつ:国司などの任期が終わる
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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人ごとに今日今日とのみ恋ひらるる 都近くもなりにけるかな
- 次の歌
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草枕紅葉むしろに代へたらば 心をくだくものならましや