- 歌の意味
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紅葉の美しい秋の山に迷う心を、宮滝の滝の白い泡によって、すっかり消してしまおうか。
- 鑑賞
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巻第十九 離別歌 1367
詞書「宮の滝といふ所に法皇おはしましたりけるに、仰せ言ありて」
秋山に迷う心を、宮滝の滝の白泡ですっかり消してしまおうか、と詠んだ歌である。紅葉の美しい秋山に心を奪われて迷う思いを、宮滝の激しく落ちる白い泡で消し去ってしまおうかと、景色の美しさを讃えている。
詞書によれば、宇多法皇が宮の滝という所にお出ましになった時、仰せがあって詠んだ歌である。本巻の第千三百五十六首も、同じ宮の滝への法皇の御幸の御供で詠まれた歌である。離別歌の巻末に、旅の道中の歌を収める流れを、宮の滝の歌で閉じている。
作者の素性法師は、僧正遍昭の子で、三十六歌仙の一人に数えられる。宇多法皇の吉野宮滝への御幸にも供奉した。小倉百人一首には「今来むと言ひしばかりに長月の」の歌が採られている。
初句「秋山に」は、紅葉の美しい秋の山に、の意である。
二句「惑ふ心を」は、迷う心を、の意で、紅葉に心を奪われて迷う思いをいう。
三句「宮滝の」は、大和の国の吉野川の宮滝の、の意である。
四句「滝の白泡に」は、滝の白い泡に、の意で、字余りとなっている。三句と同じ「滝」を重ねている。
結句「消ちや果ててむ」は、すっかり消してしまおうか、の意で、「や」は疑問の係助詞で、連体形「む」で結ぶ係り結びとなっている。「泡」と「消つ」は縁語である。
みやたき:大和の国の吉野川の宮滝、吉野離宮のあった地
けつ:消す
しらあわ:白い泡
- 作者
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素性
- 出典
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草枕結ふ手ばかりは何なれや 露も涙もおきかへりつつ
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万代の霜にも枯れぬ白菊を うしろやすくもかざしつるかな