- 歌の意味
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大原の小塩山の小松原よ、早く高く育ってほしい。千年も続くその木陰を見よう。
- 鑑賞
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巻第二十 慶賀歌 1373
詞書「左大臣の家の男子女子、冠し裳着侍りけるに」
大原の小塩山の小松原よ、早く高く育て、千代の木陰を見よう、と詠んだ歌である。元服と裳着を迎えた子供たちを小松にたとえ、早く大きく成長して、一門を千年も栄えさせる姿を見たいと祝っている。
詞書によれば、左大臣の家の男子と女子が、元服と裳着を行った時に詠んだ歌である。小塩山の麓には藤原氏の氏神である大原野神社があり、藤原氏の子女の成長を祝うにふさわしい地を詠み込んでいる。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐日記の作者としても知られ、小倉百人一首には「人はいさ心も知らずふるさとは」の歌が採られている。
初句「大原や」は、山城の国の大原野よ、の意で、「や」は詠嘆の間投助詞である。
二句「小塩の山の」は、大原野の小塩山の、の意で、藤原氏の氏神の地である。
三句「小松原」は、小松の生えた原で、元服と裳着を迎えた子供たちをたとえている。次歌も松を詠み、松の歌が続いている。
四句「はや木高かれ」は、早く木高く育て、の意で、命令形である。ここで句切れとなる。
結句「千代の影見む」は、千年も続く木陰を見よう、の意で、「む」は意志を表す。成長した一門の繁栄を木陰にたとえている。
をしほのやま:山城の国の山、麓に藤原氏の氏神の大原野神社がある
こまつばら:小松の生えている原
もぎ:女子が成人して初めて裳を着ける儀式
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
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百年と祝ふを我は聞きながら 思ふがためはあかずぞありける
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