古典和歌stream

祝ふこと有りとなるべし今日なれど
年のこなたに春も来にけり

歌の意味
祝い事があるので、こうなるのだろう。今日はまだ年内であるのに、年の明けないうちに春までもやって来たことだ。
鑑賞
巻第二十 慶賀歌 1385

詞書「十二月ばかりに、冠する所にて」
 祝い事があるのでそうなるのだろう、今日はまだ年内なのに春も来た、と詠んだ歌である。十二月の元服の祝いの日に立春を迎えたことを、祝い事があるので春まで早くやって来たのだと興じ、晴れの日を寿いでいる。
 詞書によれば、十二月ごろ、元服を行う所で詠んだ歌である。年内に立春を迎える趣は、古今和歌集の巻頭の在原元方の歌「年の内に春は来にけり」と同じである。この歌で慶賀の歌が終わり、次歌から哀傷の歌となる。
 作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐日記の作者としても知られ、小倉百人一首には「人はいさ心も知らずふるさとは」の歌が採られている。

 初句「祝ふこと」は、祝い事が、の意で、詞書の元服を指している。
 二句「有りとなるべし」は、あるのでそうなるのだろう、の意で、「べし」は推量を表す。ここで句切れとなる。
 三句「今日なれど」は、今日はまだ十二月であるけれど、の意で、「ど」は逆接を表す。
 四句「年のこなたに」は、年の明けないうちに、の意である。
 結句「春も来にけり」は、春までもやって来たことだ、の意で、「けり」は気づきを表す。慶賀の歌の最後を、春の到来で結んでいる。

こなた:こちら側、ここでは年が明ける前
かうぶり:元服して初めて冠を着けること
作者
紀貫之
出典
後撰和歌集
前の歌
並み立てる松の緑の枝分かず 折りつつ千代を誰とかは見む
次の歌
まだ知らぬ人も有りける東路に 我も行きてぞ住むべかりける