女郎花枯れにし野辺に住む人は
まづ咲く花をまたでとも見ず
- 歌の意味
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女郎花が枯れてしまった野辺に住む私は、真っ先に咲いたこの花も、待たずにいた花だと思って見ることさえない。
- 鑑賞
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巻第二十 慶賀歌 1401
詞書「七月ばかりに、左大臣の母身まかりにける時に、思ひに侍りける間、后の宮より萩の花を折りてたまへりければ」
女郎花の枯れた野辺に住む人は、先に咲いた花を待たずに咲いたとも見ない、と詠んだ歌である。妻を亡くした喪中の身を、女郎花の枯れた野に住む者にたとえ、贈られた萩の花にも心を向ける余裕がないと嘆いているとみられるが、下の句の意味は取りにくく、解釈は定まらない。
詞書によれば、七月ごろ、左大臣藤原実頼の母、すなわち作者の妻が亡くなった時、喪に服していた間に、后の宮から萩の花を折ってくださったので詠んだ歌である。后の宮は、作者の妹で醍醐天皇の中宮となった藤原穏子を指すとみられる。
作者の「太政大臣」は藤原忠平である。藤原基経の四男で、摂政、関白、太政大臣を歴任し、貞信公と諡された。小倉百人一首には「小倉山峰のもみぢ葉心あらば」の歌が採られている。
初句「女郎花」は、秋の野に咲く花で、女性にたとえられることから、亡き妻を重ねている。
二句「枯れにし野辺に」は、枯れてしまった野辺に、の意である。
三句「住む人は」は、住む人は、の意で、作者自身を指している。
四句「まづ咲く花を」は、先に咲いた花を、の意で、秋に先がけて咲く萩を指すとみられる。
結句「またでとも見ず」は、待たずにいたとも見ない、の意とみられ、「で」は打消の接続助詞である。四句の「まづ」と「待た」の音が響き合っている。
をみなへし:秋の七草の一つ、女性にたとえられる花
おもひ:喪に服すること、喪中
きさいのみや:皇后、中宮
- 作者
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藤原忠平
- 出典
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後撰和歌集
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夕されば寝に行く鴛のひとりして 妻恋ひすなる声の悲しさ
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