- 歌の意味
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亡き人の面影さえ映らない遣水の、その水底には、私の涙を流し加えて帰って来たことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 慶賀歌 1402
詞書「亡くなりにける人の家にまかりて、帰りてのあしたに、かしこなる人につかはしける」
亡き人の姿さえ映らない遣水の底は、涙で流して帰って来た、と詠んだ歌である。亡き人の家を訪ね、かつてその姿を映した庭の遣水にもう面影はなく、自分の涙を流れに加えて帰ったと、悲しみを訴えている。
詞書によれば、亡くなった人の家を訪ね、帰った翌朝に、その家にいる人に送った歌である。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「なき人の」は、亡くなった人の、の意である。
二句「影だに見えぬ」は、面影さえ映らない、の意で、水に映る姿を重ねている。
三句「遣水の」は、庭に引き入れた流れの、の意である。
四句「底は涙に」は、その水底には涙で、の意である。
結句「流してぞ来し」は、流し加えて帰って来た、の意で、「ぞ」を受けて連体形「し」で結ぶ係り結びとなっている。「流す」は「遣水」の縁語である。
やりみづ:庭に引き入れて流れるようにした水
かしこ:あちら、その家
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
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女郎花枯れにし野辺に住む人は まづ咲く花をまたでとも見ず
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ひとり行くことこそ憂けれふるさとの 奈良の慣らひて見し人もなみ