ひとり行くことこそ憂けれふるさとの
奈良の慣らひて見し人もなみ
- 歌の意味
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ひとりで行くことがつらい。ふるさとの奈良で、慣れ親しんで会っていた母ももういないので。
- 鑑賞
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巻第二十 慶賀歌 1403
詞書「大和に侍りける母身まかりてのち、かの国へまかるとて」
ひとりで行くことがつらい、ふるさとの奈良で慣れ親しんだ人もいないので、と詠んだ歌である。大和にいた母を亡くしたのち、その地へ赴くにあたり、これまで会うのを楽しみにしてきた母のいない旅のつらさを嘆いている。
詞書によれば、大和にいた母が亡くなったのち、その国へ行く時に詠んだ歌である。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の女御藤原温子に仕えた。宇多天皇の寵を受け、のちに敦慶親王との間に中務を生んだ。三十六歌仙の一人で、小倉百人一首には「難波潟短き葦のふしの間も」の歌が採られている。
初句「ひとり行く」は、ひとりで行く、の意である。
二句「ことこそ憂けれ」は、ことがつらい、の意で、「こそ」を受けて已然形「憂けれ」で結ぶ係り結びとなっている。ここで句切れとなる。
三句「ふるさとの」は、昔なじみの土地の、の意で、旧都の奈良を指している。
四句「奈良の慣らひて」は、奈良で慣れ親しんで、の意で、「奈良」と「慣らひ」の同じ音を重ねている。
結句「見し人もなみ」は、会っていた人もいないので、の意で、「み」は原因、理由を表す。亡き母を指している。
ふるさと:昔なじみの土地、旧都
ならふ:慣れ親しむ
- 作者
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伊勢
- 出典
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後撰和歌集
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なき人の影だに見えぬ遣水の 底は涙に流してぞ来し
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墨染の濃きも薄きも見る時は 重ねてものぞ悲しかりける