空目をぞ君はみたらし河の水
浅しや深しそれは我かは
- 歌の意味
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あなたは見間違いをしたのだろう。御手洗川の水が浅いか深いかも見分けられないように。それが私であるものですか。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌下 534
詞書「賀茂に詣でて侍りけるを、男の見侍りて、今はな隠れそ、いとよく見てきと言ひおこせて侍りければ」
あなたは見間違えたのだろう、それが私であるものかと言い返した歌である。詞書から、賀茂社に参詣した伊勢を見かけた男が、もう隠れるな、よく見たぞと言ってよこしたのに答えた歌とわかる。「見たらし」と賀茂社の「御手洗川」を掛け、川の水の浅い深いを持ち出して、男の言葉を軽くはぐらかしている。
作者の伊勢は、伊勢守藤原継蔭の娘で、宇多天皇の中宮温子に仕えた。三十六歌仙に数えられ、百人一首の「難波潟」の歌で知られる。
初句「空目をぞ」は、見間違いを、の意で、係助詞「ぞ」は二句の「みたらし」の推量の助動詞「らし」の連体形で結ぶ係り結びである。
二句「君はみたらし」は、あなたは見たのだろう、の意で、「みたらし」は「見たらし」と賀茂社の「御手洗川」を掛ける掛詞である。
三句「河の水」は、御手洗川の水、の意で、二句の掛詞から川の水へと転じている。
四句「浅しや深し」は、浅いか深いか、の意で、川の水の深さを見分けられないことに、男の見間違いを重ねている。
結句「それは我かは」は、それが私であるものか、の意で、「かは」は反語を表す。
そらめ:空目。見間違い
みたらし:「見たらし(見たのだろう)」と、賀茂社の「御手洗川」を掛ける
- 作者
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伊勢
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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梓弓はるかに見ゆる山の端を いかでか月のさして入るらん
- 次の歌
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鹿を指して馬といふ人ありければ かもをもをしと思ふなるべし