梓弓はるかに見ゆる山の端を
いかでか月のさして入るらん
- 歌の意味
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はるか遠くに見える山の端を、どうして月は目指して入っていくのだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌下 533
詞書「月を見侍りて」
はるか遠くに見える山の端を、どうして月は目指して入っていくのだろうかと詠む歌である。詞書から、月を眺めて詠んだ歌とわかる。梓弓を枕詞に置き、弓の縁語を連ねて、月が山の端に沈むさまを、矢が的を目指して射込まれる姿に見立てている。遠い山の端へ迷わず向かう月の不思議を、問いの形で表している。
作者の「よしのぶ」は大中臣能宣である。伊勢神宮の祭主を務め、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。
初句「梓弓」は、梓の木で作った弓の意で、弓を「張る」ことから同じ音の「はるか」を導く枕詞である。
二句「はるかに見ゆる」は、はるか遠くに見える、の意である。
三句「山の端を」は、山の稜線を、の意である。
四句「いかでか月の」は、どうして月が、の意で、「いかでか」は疑問を表し、結句の「らん」と呼応している。
結句「さして入るらん」は、目指して入っていくのだろうか、の意で、「さし」は目指して向かう意と、矢を「射す」意を掛ける掛詞である。「入る」にも矢を「射る」の意が響き、初句の「梓弓」の縁語となっている。
あづさゆみ:梓弓。梓の木で作った弓
さす:目指して向かう意と、矢を射る意の「射す」を掛け、梓弓の縁語となる
やまのは:山の端。山の稜線
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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拾遺和歌集
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いな折らじ露に袂の濡れたらば 物思ひけりと人もこそ見れ
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空目をぞ君はみたらし河の水 浅しや深しそれは我かは