明日からは若菜摘まむと片岡の
朝の原は今日ぞ焼くめる
- 歌の意味
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明日からは若菜を摘もうとして、片岡の朝の原では今日野を焼いているようだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 18
詞書「題しらず」
明日からの若菜摘みに備えて、片岡の朝の原では今日、野焼きをしているらしいと詠む。野焼きの煙を遠くに見て、間近に迫った若菜摘みの季節を思う歌である。
作者の「人麿」は柿本人麻呂である。持統天皇の時代を中心に宮廷歌人として活躍し、後世歌聖と仰がれた。三十六歌仙の一人に数えられる。
初句「明日からは」は、明日以降の若菜摘みを思い描く。
二句「若菜摘まむと」は、「む」が意志を表し、若菜を摘もうとして、の意である。本巻の第十九首、第二十首、第二十六首と続く若菜の歌の起点となる。
三句「片岡の」は、大和国の地名で、朝の原のある丘陵をいう。
四句「朝の原は」は、本巻の第七首と同じ地名である。第七首では雪に覆われていた朝の原が、本歌では野焼きの場となり、季節の進みを示している。
結句「今日ぞ焼くめる」は、「めり」が目で見て推し量る推定の助動詞で、遠くに煙が見えて野を焼いているらしいと推し量る。「ぞ」の係り結びで連体形「める」で結ぶ。
わかな:春の初めに摘む食用の若草。七草など
かたをか:大和国の地名。奈良県北葛城郡王寺町付近の丘陵とされる
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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白妙の妹が衣に梅の花 色をも香をも分きぞかねつる
- 次の歌
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野辺見れば若菜摘みけりむべしこそ 垣根の草も春めきにけれ