紫の藤咲く松のこずゑには
もとの緑も見えずぞありける
- 歌の意味
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紫の藤が咲いている松の梢には、もともとの松の緑も見えなくなっていることだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 85
詞書は前の歌に続き「円融院御時御屏風歌」
松の梢に紫の藤が咲き満ちて、松本来の緑さえ見えなくなっていると、藤の花の盛りを色の対比で詠む。常緑の松の緑をも覆い隠すほどの藤の豊かさを示し、屏風の景を華やかに称えている。詞書によれば、前歌と同じく円融天皇の御代の屏風歌である。
作者の「したかふ」は源順である。嵯峨源氏の出で、平安時代中期の学者、歌人である。梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進に関わり、和名類聚抄を編んだ。三十六歌仙に数えられる。
初句「紫の」は、藤の花の色をいう。色を冒頭に置くことで、紫と緑の色の対比を一首の中心に据えている。
二句「藤咲く松の」は、藤が咲きかかっている松の、の意である。前歌に続いて、松にかかる藤を詠む。
三句「こずゑには」は、松の梢には、の意で、前歌の四句「松のこずゑに」と同じ語を受け継いでいる。
四句「もとの緑も」は、松がもともと持つ緑の色をいう。前歌が藤の色を名所の藤と比べたのに対し、本歌は藤の紫と松の緑という色の有無で対比している。
結句「見えずぞありける」は、見えなくなっていることだ、の意で、「ぞ」の係り結びにより連体形の「ける」で結ぶ。
こずゑ:木の枝の先。梢
- 作者
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源順
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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住吉の岸の藤波我が宿の 松のこずゑに色はまさらじ
- 次の歌
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薄く濃く乱れて咲ける藤の花 等しき色はあらじとぞ思ふ